だいよんき Q&A
沖積世、沖積層、沖積平野は多くの本や基準書に使われていますが、かなり混乱して使われているように思います。
何が原因で、いつから混乱したのか?現時点で正確な(どの分野にも受け入れられる)定義はあるのでしょうか?
質問者 : 会社員(岡山県)
従来,わが国において沖積平野(Alluvial Plain)という用語は,河川の堆積作用によって形成された平野をさす場合と, 時代的な意味をもつ沖積層によって構成された平野をさす場合の二通りの意味に用いられてきました. これは「沖積」(Alluvial)という語が,河川による堆積作用という意味と,第四紀末期の「沖積世」におけるという 時代的な意味の二通りに使用されていることに起因しています.
沖積平野(alluvial plain)のalluvialの語は,本来,ラテン語のalluo~(流す)に語源を持つalluvio(流し寄せること,沖積作用)に由来しており, 沖積平野,沖積扇状地などの沖積(alluvial)は,語源的には「河川の堆積作用による」という意味になります.
一方,19世紀の西ヨーロッパでは,キュヴィエ(Cuvier)の天変地異説(Catastrophism)を背景として,中川(1966)にも述べられているように, 旧約聖書のノアの洪水による堆積物をラテン語のdiluere(流し去る)に由来するDiluvium,現在の河川による堆積物をAlluviumと呼ぶ考えが広く普及し, さらに,第四紀の時代区分の名称にもDiluvial, Alluvialの語を用いたDiluvial Epoch,Alluvial Epochが用いられていました.
このようなdiluvial,alluvialの用法は,第四紀に関する研究が進展するにつれてしだいにみられなくなりますが, ドイツでは比較的遅くまで時代区分の名称としてDiluvial,Alluvialの語が使われ, ドイツ流地質学を導入した日本でも第四紀の時代区分であるDilluvial EpochおよびAlluvial Epochの訳語にそれぞれ洪積世, 沖積世の語が与えられ,それぞれの時代の堆積物を洪積層(Diluvium)および沖積層(Alluvium)とよんでいました. その結果,この沖積(alluvial)の語を持つ沖積平野(Alluvial plain)には, 沖積世につくられたという意味が加わり,洪積世につくられた台地である洪積台地と対で使用されることが多くなりました. その後,第四紀の時代区分に関しては,沖積世・洪積世の区分は使われなくなり,更新世(Pleistocene)と完新世(Holocene)の区分が採用され, 現在に至っています.
なお,沖積低地の構成層である沖積層の基底面は最終氷期の最大海面低下期に形成された不整合面に相当すると考えられ, この最大海面低下期は更新世末期の約2万年頃にあたっていて,日本第四紀学会のホームページ (第四紀の地位と新定義 -完新世の開始期の定義- ) で解説されている約1万年前の完新世と更新世との境界とは若干のずれがあります.このことから,井関(1966, 1983)は, 沖積層の堆積した時期を沖積世とよぶことには意味があると述べており, 現在でもとくに平野部や臨海部の第四紀末期の最大海面低下期以降の堆積物を総称する場合には沖積層という用語が用いられています. なお,内陸部の地層については浅層の河川堆積物については沖積層とよんでも良いと思いますが, それらを構成する砂礫層の下部は最終氷期までさかのぼる場合も多いと考えられるので, 完新統および更新統(最上部)というような表現の方が良いと思われます.
なお,沖積平野のみならず第四紀末期の海水準変動と関連して形成された海岸平野も, その構成層(沖積層)の形成は沖積平野と同様に考えることができることから,両者を一括して扱う場合には沖積低地という語が用いられています.
これらのことや関連した事項については海津(1994),海津編(2012)に詳しく述べられているほか, 上記の日本第四紀学会のホームページで解説されている 「第四紀の地位と新定義 」なども参照して頂けると幸いである.
[参考文献]
- 井関弘太郎1966) 沖積層に関するこれまでの知見.第四紀研究, 5-3/4, 93-97.
- 井関弘太郎(1983) 『沖積平野』.東京大学出版会, 145ページ.
- 中川久夫(1966) 沖積層について.第四紀研究, 5-3/4,99-102.
- 海津正倫(1994)『沖積低地の古環境学』古今書院, 270ページ.
- 海津正倫編(2012)『沖積低地の地形環境学』古今書院, 179ページ.
回答者 : 海津正倫
2013年6月13日掲載
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