日本第四紀学会
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だいよんき Q&A


更新世から現世までの日本(関東)の海水準の変動図でなにかわかりやすい図はございますでしょうか?

質問者 : 会社員(埼玉県)

 

 更新世から現在ですと,第四紀における過去260万年間の海水準変動になります.このような長期にわたる海水準変動は, 主に氷期・間氷期サイクルに支配されており,2〜10万年間の周期で昇降を繰り返していたことが分かっています. Naish and Wilson (2009)は,Lisiecki and Raymo (2005)の酸素同位体比スタックデータを海水準に変換することによって, 第四紀における海水準は氷期における約-120 mから間氷期における約+10 mの間で昇降を繰り返していたとしています.

 次に,後期更新世から最終氷期最盛期にかけた約13〜2万年前になりますと,隆起サンゴ礁などの海水準指標を用いて直接海水準が測定できるようになります. 海洋酸素同位体ステージ(MIS)5eと呼ばれる約13万年前の最終間氷期の海水準高潮レベルについては,最近活発に研究されていますが,Dutton and Lambeck (2012)によりますと, 現在よりも約6〜9 m高かったようです.また,最終間氷期から現在にかけた連続した海水準の記録としてはSiddall et al. (2003)があります. この研究は紅海における有孔虫の酸素同位体比データをもとに海水準を計算しており,それによりますと,MIS5には約-60〜+10 m, MIS3には約-90〜-50 mの間で海水準は細かな昇降を繰り返していたようです.更新世の中期や後期における海水準については, 隆起サンゴ礁のほかに沈降域における海成層を利用した研究もあります.しかし,これらの海水準記録はいずれも断片的なものなので, これらの記録と整合するSiddall et al. (2003) は,その連続性という点において画期的な研究といえます.

 次に,最終氷期最盛期から現在にかけた過去2万年間については,最も豊富に測定記録のある期間です. この期間は最終氷期最盛期における約-120 mから現在にかけて海水準は上昇しており, 現在の海面下に分布するサンゴ礁や干潟堆積物の分布標高と年代値を利用して海水準変動が復元されています. 世界的には,Fairbanks (1989)によるバルバドス,Bard et al. (1996)やDeschamps et al. (2012)によるタヒチの沈水サンゴ礁を用いた研究が有名ですが, この期間については日本列島周辺でも多くの海水準記録が得られています.日本列島周辺における最終氷期最盛期の海水準については, 例えばSaito et al. (1989)によって仙台湾の海底の泥炭層を用いて約-100 mと推定されています.この約-100 mという値は, Nakada et al. (1991)によるハイドロアイソスタシーの影響を考慮した予測計算値とも調和的で,日本列島周辺における最終氷期最盛期の海水準低下レベルは, 約-130〜-100 mの間にあったとされています.関東平野における最終氷期最盛期以降の海水準上昇過程については, 東京低地における沖積層を用いた例があります.なかでも,田辺ほか(2012)は遠藤ほか(1989)の海水準変動曲線を暦年代に較正し, これに11000〜9000年前の干潟堆積物の標高・年代分布を新たに加えることで,過去11000年間の海水準変動を復元しています. 関東地方のなかでも,地域によっては地震性地殻変動の影響を補正する必要があります.しかし,東京低地における海水準変動は, 大規模な活断層がなく,地震性地殻変動の影響が小さいと考えられることから,関東地方の模式として捉えることができます.

 以上のように日本や関東平野に特化すると,第四紀を通じた海水準変動曲線はありませんが, それぞれの時代に応じて以下の文献を参照して頂いてはどうかと思います.

[参考文献]

  • 第四紀を通じた海水準変動
    • Lisiecki and Raymo (2005) A Pliocene-Pleistocene stack of 57 globally distributed benthic δ18O records. Paleoceanography, 20, PA1003, doi:10.1029/2004PA001071.
    • Naish and Wilson (2009) Constraints on the amplitude of Mid-Pliocene (3.6-2.4 Ma) eustatic sea-level fluctuations from the New Zealand shallow-marine sediment record. Philosophical Transactions of the Royal Society A, 367, 169-187.
  • 後期更新世以降の海水準変動
    • Dutton and Lambeck (2012) Ice volume and sea level during the Last Interglacial. Science, 337, 216-219.
    • Siddall et al. (2003) Sea-level fluctuations during the last glacial cycle. Nature, 423, 853-858.
  • 最終氷期最盛期以降の海水準変動
    • Bard et al. (1996) Deglacial sea-level record from Tahiti corals and the timing of global meltwater discharge. Nature, 382, 241-244.
    • Deschamps et al. (2012) Ice-sheet collapse and sea-level rise at the Bolling warming 14,600?years ago. Nature, 483, 559-564.
    • 遠藤ほか(1989)千葉県古流山湾周辺域における完新世の環境変遷史とその意義.第四紀研究, 28, 61-77.
    • Fairbanks (1989) A 17,000-year glacio-eustatic sea level record: influence of glacial melting rates on the Younger Dryas event and deep-ocean circulation. Nature, 342, 637-642.
    • Nakada et al. (1991) Late Pleistocene and Holocene sea-level changes in Japan: implications for tectonic histories and mantle rheology. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 85, 107-122.
    • Saito et al. (1989) Sea level of the Last Glaciation Maximum based on in-place sediments on the shelf off Sendai, northeast Japan. 第四紀研究, 28, 111-119.
    • 田辺ほか(2012)東京低地臨海部の沖積層にみられる湾口砂州の形成機構.地質学雑誌,118, 1-19.

回答者 : 田辺 晋
2013年7月12日掲載

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