日本第四紀学会
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だいよんき Q&A

第四紀の気候変化が日本列島における高山地形に与えた影響はどのようなものがあったのでしょうか?

質問者 : 大学生・主婦(東京都)

 

 第四紀の特に後半に入ると,氷期と間氷期が約10万年の周期で繰り返されるようになります. 氷期には気温が低下しますが,それとともに雪線高度や森林限界高度も低下します.

 日本列島のいくつかの山岳では,雪線高度が山頂高度よりも大きく低下したことは, 例えば日高山脈や日本アルプスなどに圏谷(カール)などの氷河地形が残っていることなどから明らかです. こうした証拠から,最終氷期の後半には,北アルプスでは雪線高度が2,500m前後に位置したと考えられています. 氷河は岩盤を侵食し,侵食された岩盤は大小様々な岩屑や砂・粘土となって運搬(氷河によって)されます. そのため氷河が存在した場所には上述した圏谷のほかにホルン(槍ヶ岳)やU字谷(例えば,槍沢・横尾谷) やモレーンなどの特徴的な地形が形成されます.

 一方,森林限界の低下は,いわゆる周氷河帯の低下・拡大をもたらします. 周氷河作用が働くと一般に凹凸に乏しい地形が形成されますが,それが斜面であった場合には, 周氷河性平滑斜面と呼ばれる全体にのっぺりとした感じの地形が形成されます. 最終氷期後半における森林限界高度は中部地方で1,000〜1,200mと考えられています.

 氷期が終わり,気候が温暖化するにつれ,雪線高度や森林限界高度は上昇していきますが, 完新世に入ると雪線高度は日本列島の山岳の山頂高度よりも高いところ(現在の雪線高度は中部地方で約4,000m)まで上昇し, それとともに日本列島からは氷河は消滅してしまいました. ずっと低い位置まで低下していた森林限界も同様に上昇していきますが,こちらの方は, 中部山岳以北では山頂高度を越えるところまではいきませんでした. 例えば北アルプスではおよそ2,500m前後が森林限界高度です.このため,森林限界を超える高度領域(いわゆる高山帯)では, 完新世以降も周氷河作用が継続して働き続けていることになります. なお,氷期の森林限界低下期に形成された周氷河性平滑斜面が化石地形として, 現在は森林下に眠っている例が各地で報告されています.

 このようなことから,氷期に氷河が形成された山岳では,現在, 氷河地形と周氷河地形が混在した形で高山景観が形成されていることになります. 例えば,白馬岳付近では東側に急峻な氷食地形が,西側に周氷河性平滑斜面が形成され,対称的な地形景観となっています. これに対して,雪線高度に達せず,周氷河作用のみが働いた山岳では,山全体が凹凸の少ない伸びやかな地形となっています. なお,完新世に入ると氷期に働いた地形形成作用とは異なった作用(主に流水の作用)が卓越するようになり, 上述した氷期の地形は次第に破壊されつつあります.とはいえ,日本列島の高山では氷期に形成された地形が, 現在においても景観の最も重要な構成要素となっていることは間違いありません.

 最後に,冒頭でも触れたように氷期・間氷期は約10万年周期で繰り返し起ったと書きました. ということは,最終氷期以前の氷期にも当然,上述したようなことは起ってきたと考えられます. しかし,最終氷期以前の氷期に関しては既に破壊されてしまっており,具体的に議論できるだけの証拠が得られていません. また,時代が古くなるにつれて気候変化以外に山の高さ自体も問題になってきますので(現在よりも低かったはずです), 地形形成環境の復元はそう簡単ではないことも触れておきます.

[参考文献]

  • 小野有五・五十嵐八重子(1991)『北海道の自然史』北海道大学図書刊行会.
  • 貝塚爽平・鎮西清高編(1986)『日本の自然2 日本の山』岩波書店.
  • 小疇 尚(1991)『自然景観を読み方3 山を読む』岩波書店.
  • 小疇 尚研究室編(2005)『山に学ぶ 改訂版 ―歩いて観て考える山の自然―』古今書院.
  • 地理27巻4号(1982) 特集:高山の地形 古今書院.
  • 地理学評論65巻2号(1992)極地と高山の地形特集号−世界の周氷河環境の中での日本の位置づけ− 日本地理学会.

回答者 : 澤口晋一
2008年8月10日掲載

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